目を閉じて象をなでる

雑談ではギリギリ出てこないような思いつきとか、考えなどを。全体としては人生を祝福する方向性でまとめていきます

校了、アイムドーナツ、テックと音楽(2023.12.22)

 ゲラを読んでいたら、「パッと書いても、1週間悩んで書いても、本質的な部分は86%くらい同じ」という意味のくだりがあって、妙に印象的だった。たしかに2023年12月22日の日記と、そこから考えたことを書いたなら、どう書いてもほぼ次のようになるだろう。またしてもバタバタと1冊の本を校了したこと、新たなるイベントおよびPRの仕掛けについて打ち合わせたこと、アイムドーナツという流行のドーナツをもらって食べ「うまいです・・・甘いのがいい」という終わってる感想しか出てこなかったこと、そういえば家酒をやめて3週間経つけど別に何も変わってないなと感じたこと、編集部に戻ったらハンセン病患者の印象的な写真を撮るすぐれた朝鮮人カメラマンの話を聞いたこと。帰宅後、風呂で小澤征爾武満徹の対談集を読んでいたら、吸音板のあるスタジオでの演奏がいかにクラシックにとって不自然であるか、ということを述べているくだりが「そうかなぁ・・・」と感じたこと。本来はもっとボワーンとした反響のある環境で演奏されていたはずなのに、それが現代ではパリッとした音になってしまっていて、それが無条件に肯定されているのは不自然なことだ、とのこと。でもそういうもんじゃねぇの、とも思う。ところで、テクノロジーを最短で言い換えると「時短」だと思うのだが、音の残響をカットすることも広義の時短であるとすると、最近のポップスのプロダクションもミニマルでドライになっているのは必然なのかもしれない。そして局所的に反動化し、それが大きくなり、反動化の反動化が起こり、ひょっとしたらアウフヘーベンしてまた少し新しい音楽が生まれるのかもしれない。